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東京地方裁判所 平成6年(ワ)7519号 判決

主文

一  被告は、原告に対し、九五〇万円及びこれに対する平成五年一二月二五日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。

三  この判決は、仮に執行することができる。

理由

一  請求原因1の事実(当事者)について

請求原因1の事実(当事者)は、当事者間に争いがない。

二  請求原因2(預託金返還合意)について

1  大野が、原告と原告主張の取引行為をするについて、被告から必要な代理権を与えられていたか否かを検討するに、《証拠略》によれば、大野は原告代表者に対し被告の原宿支店長の肩書を名乗っていたが、被告は、大野に対し被告名義で営業することを許諾していた(この点は後に詳しく判示する。)ものの、大野を従業員として雇用してはいないこと、ソシアル原宿ビル四階所在の営業所は被告の営業所(原宿支店)としてではなく同人の営業所として使用させていたことが認められるのであって、大野が被告に手数料の一部を支払う旨の合意が存在しても、それは名義使用の対価ということができ、右合意をもって直ちに大野に右の代理権が授与されていたと推認することはできず、また、取締役を名乗らせることが当然に代理権の授与を伴うということもできないから、大野を支配人その他被告の営業に関し代理権を与えられた者ということはできない。

2  右のように、大野が代理権を有しなかった以上、原告と大野との間の預託金返還合意の効果を被告に直ちに帰属させることはできない。

三  請求原因3(名板貸人の責任)について

1  《証拠略》によれば、被告は、平成五年四月ころ、大野から「不動産に関する仕事がしたいので、相応の肩書が欲しい。」との申入れを受け、同年五月ころ、大野との協議で、店舗賃貸借の仲介業務を主体とすること、被告に対し毎月成約について報告をすること、成約したときは、被告に対し、手数料の四〇パーセントを支払うことを取り決めたうえ、その営業所として、被告が賃借していたソシアル原宿ビル(同ビルは被告が管理委託された建物である。)の四階部分約二〇坪を使用料を月額二五万円で転貸する契約をし、大野に対し、被告の取締役の名称を名乗ることを許諾して、同月二五日、その旨の登記手続をしたこと、大野が右営業所に「株式会社インターブレイン」と表示するについて、被告はこれを許諾していたこと、平成五年八月中旬ころ、大野に対し被告の取締役を名乗ることを禁止し、かつ、大野の営業所にあった名刺類・ゴム印等を没収し、同年一一月中旬ころ、大野を右営業所から立ち退かせたが、その荷物を同じビルの三階に置かせていたところ、大野はその後も右三階で営業しており、被告代表者も大野が三階で何かしているようだと気付き、電話機を外すなどしたが、結局同年一二月末まで、同ビル内において、被告名義で大野がその営業を継続するのを黙認していたことが認められる。

商法二三条の趣旨は、第三者が名義貸与者(名板貸人)を真実の営業者であると誤信して名義貸与を受けた者(名板借人)との間で取引をした場合に、名義貸与者が営業主であるとの外観を信頼した第三者を保護し、もって、取引の安全を期することにあるというべきであり(最高裁判所昭和五七年(オ)第三八四号同五八年一月二五日第三小法廷判決・判例時報一〇七二号一四四頁)、名義貸与者の責任の根拠は、名義貸与者の作出した外観を第三者が信頼するところにあるのであるから、ひとたび名義貸与者が作出した外観がその基本部分において存続する限り、名義貸与者が名義貸与の許諾を撤回したとしても、名義貸与者の帰責性は残存し、したがって、名義貸与者の負うべき責任には何ら消長を及ぼさないものと解するのが相当である。

この見解に立って、本件をみるに、右の事実によれば、被告は、大野に対し被告の取締役を名乗ることを禁止した後、大野の営業所にあった名刺類・ゴム印等を没収し、従来使用させていた営業所を立ち退かせるなどある程度外観排除のための行為をしているが、右営業所が所在していたのと同じソシアル原宿ビル内に大野の荷物(営業所から運び出したものであるから、営業用の荷物であると推認できる。)を置くことを認めており、四階と三階との違いなどはあるものの、被告が管理委託されていた右建物内で、大野が被告名義で営業を継続していたのを阻止しなかったというのであるから、被告が未だその作出した外観の基本部分を排除したということはできない。

2  《証拠略》によれば、原告は、大野の営業を被告の営業と誤信して、請求原因2(二)ないし(五)記載の各取引をしたことが認められる。

四  原告の重過失の存否(抗弁1及び再抗弁1)について

1  前判示のとおり、名義貸与者がその意思に基づいてことさら作出した外観によって、名義貸与者が営業主であると誤認して取引をした第三者を保護し、もって取引の安全を期するとの商法二三条の趣旨からすれば、たとえ誤認が取引をした第三者の過失による場合であっても、名義貸与者はその責任を免れ得ないものというべく、ただ重過失は悪意と同様に取り扱うべきものであるから、誤認して取引をした第三者に重過失があるときは、名義貸与者はその責任を免れるものと解するのが相当である(最高裁判所昭和三八年(オ)第二三六号同四一年一月二七日第一小法廷判決・民集二〇巻一号一一一頁)。

2  抗弁1の事実は、《証拠略》により、これを認めることができ、再抗弁1の事実は、《証拠略》により、これを認めることができる。

以上の事実によれば、原告は、大野との取引を開始した当初の平成五年一〇月一日から、ソシアル原宿ビルの入口にある被告会社の表示を見て、同ビル内の被告の原宿支店こと大野の営業所に赴いており、同年一二月二〇日も、三階と四階の違いはあるが、未だ入口の被告の表示が取り外されていない同ビル内で大野と預託金返還合意をしたと認められるのであり、原告と大野とのそれまでの取引の経緯からしても、原告が大野の営業を被告の営業であると誤認した点につき、重過失があるということはできない。

3  したがって、被告は、大野との間でした請求原因3(一)(請求原因2(五))記載の預託金返還合意に基づく債務について、名義貸与者として大野とともにその連帯責任を負うものというべきである。

五  結論

以上によれば、原告の主位的請求は理由があるから、これを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を、仮執行宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 塚原朋一)

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